2009年1月28日水曜日
ナチスとボローニャ
先週からシンドラーのリストやら、戦場のピアニストなどアウシュビッツを舞台にした映画やドキュメンタリー、または生き残った人々のインタビューなどが多くテレビでやっている。昨日は1月27日。1945年のこの日にポーランド南にあるオシフィエンチムという町にあるアウシュビッツ強制収容所がソ連軍によって解放された。ユダヤ人を始め、精神障害者、身体障害者、同性愛者、聖職者なども殺された他、疫病や飢えで亡くなった人も多いそうだ。電車で機能的に人を輸送し、人種差別目的のみならず、戦争のための労働力、人体実験を元に新薬発見や医学の発達、髪の毛やめがねなど捕虜たちのものを物の乏しい戦時代にリサイクルしたり、すべて非常に合理的な組織だったといわれる。
この期間イタリア人も多く殺されており、トリエステにはガス室のある収容所が残されてもいるが、ヨーロッパ各国では黙祷を捧げたり、各国代表の人々が祈りを捧げたりするなど、このような過去を忘れないという気持ちと同時に、過ちを認め皆で平和を祈る気持ちをこめて毎年多くの行事が現在まで行われているようだ。ドイツはどういう対応かというともちろんこの日はドイツ首相が式典に必ず参加するなどするらしいが、実際一番多くアウシュビッツ収容所の保存費用をの補助金を出しているのはドイツ、訪問者も一番ドイツ人ということだ。
ヨーロッパにいるだけにこのニュースは非常に身近なもので、実際私の住むボローニャもナチスと深い関係がある町でもあります。当時ボローニャの町を支配していたナチスドイツ軍に対し、ボローニャ市民はレジスタンス運動を起こし市民全員で戦い、自由を獲得した町。マルツァボットというボローニャ郊外の町では多くの住民がナチスに反対をした運動を起こしたということで大量虐殺が行われ現在は博物館にもなっている場所もある。元々ボローニャは反カトリックでもあったりするなど歴史的な観点から、市民独自で町作りをする傾向が非常に強いが、この市民力がナチスを寄せ付けなかったというのが今でもボローニャ市民の誇りであると会社の同僚が話してくれた。
ドイツはかつてのものすごい被害を与えた国々から仲間として認められていて、友好国として認められている。それに反して日本は中国や韓国の人たちから責任をとっていないと見られてしまっている。日本の首相の靖国参拝とか、「新しい歴史教科書を作る会」の動きとか、そういうことによって、彼らが今までずっと抑えていたこと、日本がちゃんと謝罪して適切な行動を取らなかったということに対する不満かもしれない。それを日本側で、逆に日本に対する反感にまた反発して、反中国、反韓国、そのような感情的な動きが出ているのも残念なことだと思う。
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